[ 80年代バックパッカーの風景]

鉄道旅行の愉しみ

(その8)国際列車

ヨーロッパの鉄道旅行で“旅してる感”を味わうのは、なんといっても国際列車。国境駅が近づくと何となくそわそわしたり、国が変わると車内アナウンスの言葉も変わることに気付いたり、日本で体験することのないあれこれに驚いたり、感心させられたりします。今では大半が姿を消してしまった長距離の国際列車ですが、乗り続けていると、国から国へと移動するのに合わせて同室者も少しずつ入れ替わっていって、コンパートメント内の雰囲気や話題が変化していく感じはなかなか良いものがありました。オープンスタイルの高速列車の導入、拡大により、この風情が消滅しつつあるのはとても残念です。

 

 

嘆いていても消えるものは消えてしまうので、ここでは記録の意味でも、当時の国際列車の中から『オリエント急行』を取り上げてみたいと思います。

 

IMG_1634.jpg左はCOOKの時刻表1982年7月版のTable32

19世紀以来の歴史があったり、小説の舞台になったりで知名度の高い『オリエント急行』ですが、豪華列車は企画ものに限られ、この列車は特別なものではありません。Tableに注記がされてないので予約も追加料金も不要のはずです。(それでも、かつて私が一部区間ですが乗車した時、名前が名前だけに乗車前に確認してしまいました。)

 

国境駅マークが4つも見えています。パリ発の列車でルートを確認すると、夜遅くパリ・東駅を出発した『オリエント急行』は東に向かって進み、ストラスブールを経由して、翌早朝ドイツ領内に入ります。シュツットガルトなどドイツ南部の主要都市に停車して、9:35にミュンヘンに到着。どの駅でも数分以上の停車時間があるのは、さすがの重みと言うべきか大時代的と言うべきか。

昼前にオーストリア国境を越えて、ザルツブルグに11:30、そしてウィーンに15:28到着。Table32はダイジェストで、例えばこの間リンツにしか停まらないように見えますが、実際にはあと2か所で停車します。これは駅名の右に記されたTable番号(この場合はTable750)を見ると分かる仕組み。

さて、東西の結節点ウィーンからさらに東進してハンガリー領内入り。20:30ブダペスト着。Tableの左端にA、B、Cとあるのは出発以降の日付を表します。BがCと変わった深夜にルーマニアの国境駅に到着。停車時間が一時間余りあります。これは恐らくパスポートチェックの為で、「東」の厳しい国境管理が思い出されます。さらに半日がかりで13:30、ルーマニアの首都ブクレシュチに到着。パリを出て38時間15分の長旅でした。

 

脚注によると、シュツットガルトーウィーン間で食堂車が連結されています。食堂車という言葉もいずれ死語になってしまうのかも知れません。

 

 

 

さて、豪華列車でなく普通の国際列車である『オリエント急行』の現物写真が「各国の列車」、の上から3枚目です。“大物”感全く無し。各国の車両寄せ集めの外人部隊の風情ですが、かえってそこに国際列車らしさを感じます。

 

18.JPG

私は1985916日にUlmでこの列車に乗車し、パリに向かいました。

上リンク先の写真も左の写真もその際Ulm駅で撮ったものです。

 

ここで懐かしい当時の鉄道旅行術をひとつ

曰く、「乗車の際、ドア横の行き先表示板を必ず確認すること」

というのも、国際列車の多くは単純に発駅から着駅に向かうのではなく。

複数の場所を出発した列車がどこかで合流したり、

逆に、途中で別れて別の目的地に向かったりといった具合に、

繋いだり切り離したりしながら進むからです。

(だから各国の車両の混成になるのでしょうね)

 

左の車両はブダペスト(Keleti)発、パリ(東駅)行き

解像度を落としているので見にくいですが、

Table32にみられる途中停車駅が概ね表示されています。

下車駅の名を確認しておかないと

とんでもない所に連れて行かれかねません



≪自由な旅の愉しみ≫

パリ行き『オリエント急行』に乗った1985年9月16日の私の実際の移動は次のようなものでした。

10:57チューリヒ発 ⇒ 12:00バーゼル着(ケルン行きに乗り換え) ⇒ 12:54フライブルグ着(ミュンヘン行きに乗り換え) ⇒ 14:02Titisee

16:47Titisee発 ⇒ 20:20Ulm着  ⇒ 22:15Ulm発(ORIENT EXPRESS)

 

この日私はとにかくチューリヒから出たく、また前泊がホテルだったので、夜行列車に乗るつもりでした。スイスはヨーロッパの真ん中ですから、多少の移動との組み合わせにより、もう東西南北、どこの国へも夜行列車もあります。ただ、乗り継ぎ時間の適不適、また昼間どこを見るかということもあるので、朝から時刻表とにらめっこ。苦心の末選んだ目的地があったのですが、駅までの移動時間を見誤り、乗るべき列車の後姿を見送るはめに。慌ててもう一度時刻表を取り出し、とりあえず次に発車する列車に乗り込み、移動しつつ検討。ヨーロッパは全体として複雑で密度の高い鉄道網を持っており、バーゼルなりフライブルグなり大きな駅に着く毎に、乗り換えて行ける魅力的なあの町この町が選択肢として浮上します。結局、悩み悩み上の行動となった次第。

Aの列車に乗るのとBの列車に乗るのとでは異なる体験が待っています。選択されなかった行動がもたらした筈の結果が選択の瞬間に幻と消えてしまうところは人の生きるのと似ていますね。ひとり旅が人生と異なるのは、何にも制約されることなくA、Bの選択を自分で決められる点です。実際、なにか情報を得たり、あるいは単に気分が変わったりで、昨日まで思い描いていたルートと違う方向に足を向けるということはままありました。風に吹かれるような気ままな旅をしばらく続けていると、体も心も軽くなっている感じがします。残念ながらこういった心境に至るには、ある程度の、つまり何もしない日があってもそれを無駄と感じないくらいの長さ、少なくとも一か月以上の旅行期間が必要です。もう一度こういう旅をしてみたいものです。

 

 

 

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