ポルトガルについて

 

自分はヨーロッパ好きであるということを昔から一つ話のように公言してきたので、思いやりのある実に多くの人たちから、ではヨーロッパでどの国が一番好きなのかと尋ねられてきた。私はヨーロッパのモザイク模様の如き多様性を思い浮かべ、それぞれの国に独自の良さがあるので難しいのだけれど、と前置きしつつも、ポルトガルの、特にリスボンに漂う哀愁に思いを移しつつ、でも強いてあげるならばポルトガルかな、と応えるのもいつもの通りのことなのでありました。

 

@ポルトガル情緒

ピレネーを越えるとアフリカといわれたスペインのさらにその片隅にある。遠くまで来たなという思いと同時に町の様子、人々の様子に中部ヨーロッパとはかなり違ったものを感じる。一昔前というか、日本やヨーロッパが過去に失ってしまった世界がそこにある感じである。建物で言うなら、町を造る建物が、数十年から数世紀に亘る年代ものであるのは中部ヨーロッパもポルトガルも同じである。しかし中部ヨーロッパでは建物それ自体は伝統的なものであっても商店のウィンドウを飾るディスプレイやファッションは最新のものであり、中世は現代の生活の中に取り込まれている。ところがポルトガルの町で見る光景、例えば上階の窓から顔を出したおばさんが通りを行く人と大声で言葉を交わす光景は、この人たちが何百年も前からやってきたことが今日もまた変らず繰り返されているようである。近頃、『三丁目の夕日』という映画が公開されて高度経済成長期の昭和日本を懐かしむ性向を刺激しているが、イワシを焼く煙が流れるポルトガルの街角に立つと時を遡っているような錯覚にとらわれる。

 

これはよく言われることではあるが、しかしあまりにも良く出来た構図であるので述べようと思うのだが、ポルトガルの印象、特に人々から受ける印象はスペインとの対比において鮮やかである。陽に対して陰、動(あるいは騒)に対して静。この対比を最もよく表すものとして引き合いに出されるのが、スペインの情熱、陽気さの象徴フラメンコに対するポルトガルのファドである。私は一度リスボンで聴いたが、黒い衣装の女性が低い声で歌うそれは、激情を心の奥に押えつけたものであり、深夜のアルト・バイオの石畳の上を流れて行くかのようなその歌声が連想させるのは、まさに日本の演歌なのでありました。

ポルトガル語の印象もそう。スペイン語のどちらかと言うとがさつな感じに対し、ポルトガル語は“ナオーン”と言うような鼻に抜けるような音が耳に残り、弱々しいというか、これが落魄の民の言葉かと思った。私が気に入ったのは「有難う」の意の“オブリガード”で、優しい響きはこの国に似合っていた。

 

 ガラクタ市のおじいさん

 

A豊かさと貧しさと

日本の田舎の山間地に行くと、耕地が山に突き当たるそのぎりぎりまで石を積んで斜面を細かく分割し、田を切ってある。都会生活者の目で見れば、その一つ一つの狭い水田から上がる年間の純利益などごく僅かなもののはずで、そこに芸術作品の如く丁寧に石を積む費用と労力の経済合理性に首をひねってしまうのだが、多分、農というもが、数世代というタイムスパンでものを考えているということなのだろう。ポルトガルの町で目にする光景もこれと同じ納得の仕方をするほかはない。貧しい身なりの老人が椅子を持ち出して座っているその玄関先が大理石造りだったりする奇妙な光景。あるいは大航海時代の遺産をかろうじて守っているということなのだろうか。

時の蓄積を感じさせる民家の見事さに比べて、ヨーロッパの国としては人々の暮らしの質素さ、あるいは貧しい人の目立ち様は他の国に比べ顕著である。乞食、物乞いの類はスペインに比べてもまだ多い感じだ。商店やレストランで物乞いが追い払われる光景は日常的。スペインではジプシーの赤子を抱く物乞いに不快感を覚えたが、ポルトガルで堪らないのは不具を見せつけるパターン。ここで書くのがはばかられるような悲惨な姿も見たことがある。ただまあ、ああいうものはフェイクも多いと聞くし、それもこれも含めてポルトガルなのだと思うことにしよう。

 

ガラクタ市のおばあさん

 

B旅のアドバイス、その他あれこれ

・この国はヨーロッパで最も物価が安い。20年前はPENSAO(ペンション)一泊数百円は当たり前だった。ユーロに組み込まれた現在、物価は相当上昇したはずだが、経済的にはヨーロッパ一旅行しやすい国であることには変り無いだろう。

 

・ユーレイルパス保持者はそうもいかないとして、この国での移動は鉄道よりバスが有利。鉄道は便数が少なかったり、駅が町からとんでもなく離れている場合があったりで使いにくいのだ。もっともそれだけに鄙びた味もあって、時間を気にしない旅をのんびり楽しむのも良さそう。

 

・ポルトガル料理は美味。バカリャオ(干たら)料理が、発音が馬鹿野郎に似ているというので有名であるが、バカリャオだけでなく、肉も魚もスープも美味しいと思う。素朴で、物価の安いこの国ではレストランも入り易い。ワインも安い!

 

・治安面は、スペインではそれが悩みの種になっているのに対して、ポルトガルは問題ないと思われる。10年前に行った時ヤク中毒がたむろしているから近づくなと言われた地区はあったが、総じて治安を意識することは無かった。

 

・公園の入り口などで、机を持ち出してチューロという揚げ菓子を売っている。揚ったばかりのにょろにょろ長いのを鋏で切って砂糖をまぶし、紙にくるんで渡してくれる。駄菓子の類であるが揚げたてでおいしい。

 

・英語は通じにくいが、スペインよりは通じる。特に i は概ね英語が通じ、また総じて親切。

 

・これもアルブフェイラを教えてくれたジェニーに教わったことなのだが、ポルトガルでは映画館の入場料がとても安い。さらに吹き替えなし(字幕スーパー)なので、運良く邦画がかかっていたら日本語のまま見ることができる。日本と同じなら日本で見ればいいじゃないかと思われるかもしれないが、日常生活と同じことを旅先でやってみるのも新鮮な発見があったりして案外良いものだ。因みにポルトガルの映画上映では、途中休憩というのがあった。

 

アヴェイロ駅のアズレージョ

建物の壁面を飾るブルーのタイル、アズレージョもポルトガルで印象に残るものの一つである。

 

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