[ 80年代バックパッカーの風景]
鉄道旅行の愉しみ
(その2) コンパートメント・スタイル
ああヨーロッパだなあとしみじみ思ってしまうのが、コンパートメントの車両。
個室というのは、日本の特急列車でもあると思うが、全く別のものである。
追加料金と引き換えに自分専用の空間を手に入れる「個室」と違って、
コンパートメントというのは誰のものでもない公共の場である。
コンパートメントは普通6人掛け(8人掛けのものもある)で3名ずつ向かい合って座る。
特に長距離を行く列車などでは、長時間顔を突き合わせることになる訳で、
コミュニケーション上手が多いヨーロッパ人のこと、話に花が咲くことも多い。
モスクワに向かうという陽気なスイス人の二人連れが持ち込みのワインを
奢ってくれて賑やかに話していたところ、ふと一人が車窓を指して
あの鉄条網の向こうが東ドイツだ、と真顔になって教えてくれたり、
10代前半と思しきフランス娘が、長旅に疲れたと見え、向かいの席でくるんと丸まって
寝ているのが子猫のようであったり、
ウィーンに行くのは初めてだと話すと、第三の男の観覧車への行き方をメモ用紙に
あれこれ書いてくれた親切なオーストリア人カップルがいたり、
思い出そうとすれば、あれやこれやのシーンが蘇る。
大半は記憶の底に沈んでしまっているが、随分数多くの出会いを経験した。
左の写真は1982年にロンドン・パディントン駅で出発を待つペンザンス行き夜行列車
これは当時としても古めかしいタイプの車両だ。
下の写真は、フィルムの入れ替えの時の捨てコマで、撮影されたもの。何の意図もなく適当にシャッターを切っている訳だが、今となっては
コンパートメント内の様子が分かる一枚となった。私としては、撮影した位置に自分が座っていたのかと思うとなかなか感慨深いものがあります。
写真で見えているのは、肘かけを上げている状態。夜行の時など、コンパートメント内に二人だけなら、肘かけを上げて横になって眠る。
次の写真は(行儀が悪くて恐縮であるが)、ドイツかオーストリアあたりでしょっちゅう乗っていた懐かしい車両。
上に書いた夜行の時の対応はさらに進化バージョンがって、座席を前方に引き出すと、背もたれも沈み込むように一緒に下がってきて全体が水平になる。
向かいの座席も同じことをすると、両方の座席が合わさってコンパートメント内がクッションの敷かれた小部屋のようになって完成。(写真で背もたれのところに持ち手が付いているのは水平になった背もたれを起こすときのためのもの)
小部屋を作って、さっさと横になってしまうと、後から乗り込んでくる人に対して、もうこの部屋は満員という意思表示にもなる。コンパートメントが少人数であれば、このようにして一晩楽に寝て行ったのである。
お国振りの違いもあって、中北部ヨーロッパの列車は大体そう混まないし、比較的皆さん行儀が良い。これに対して地中海諸国を走る列車は混雑することが多く、賑やかになりがち。コンパートメントの通路側は仕切りもドアもガラスになっていて中を覗き込めるが、中からはカーテンを引くことができる。カーテンを閉められていると、後から乗り込んできた乗客は開けにくいものだが、ラテン系の人たちはそういうことにお構いなくどんどん中に入っていっていた。
現在は、コンパートメント車両は数少なくなっていると思う。TGVなどの高速列車はもちろんオープン・スタイルであるし、こうした高速列車の発達で、長距離を行く列車が激減している。
コンパートメント・スタイルが時代に合わなくなっている訳であるが、それでも絶滅した訳ではないようで、列車に乗り込むとコンパートメント・スタイルだったということが今でも時々ある。
かつては2等車の通路を歩くと賑やかな会話があちらこちら漏れ聞こえてくるといった感じであった。現在はコンパートメント・スタイルにしろオープン・スタイルにしろ聞こえてくるのはまず携帯電話の話し声であろうか。
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