翌朝、暖かい部屋でゆっくり目を覚ました。昨夜気付かなかったが床まで届く部屋の窓を開けると小さなベランダがあり、出てみると白く霧氷をまとった木々や東屋のある小さな広場が見えた。朝食をとり、シャワーを浴びても荷物をまとめる気にならなかった。寒い町に出てゆくことが億劫であったこともあるが、ぼくはこの宿の居心地の良さがすっかり気に入っていたのだ。
部屋からの眺め
10時をまわってようやく腰を上げた。階下の小さなロビーで、ひと仕事終えた掃除婦が二人、白ワインのボトルを前に駄弁っているのも大晦日らしい感じで好ましかった。今日は公園の中を突っ切って町に向かう。さまざまな形の巨木がすべてまっ白になっていて壮観であった。ときおり、黒い貨物列車が通っていった。この日は教会や美術館にも入ってみたが、たいてい昨日と同じように町の中を歩き回っていた。何だか−2℃の光文字ばかり見ていたような気がする。霧の立ち込める寒い街角に立って、ぼくはホテルベルビュウの温かさを思い浮かべていた。
白の静寂を破って貨物列車が通り過ぎる
やがて夜を迎える時間になった。大晦日であるこの夜、ぼくは夜行列車でドイツに抜けることにしていた。駅で列車の時間を確かめた後、ぼくの足はやはりホテルベルビュウに向いた。大晦日の夜は、霧と車やネオンのライトとまばらな人影が作り出す光と影が幻想的で、ぼうっと迷ってしまいそうだ。公園の角の交差点まで来た時、通りかかったバスの乗客のまばらな明るい車内が、霧の闇に浮かび上がり、消えていった光景が瞼に焼き付いた。
(以下「聖夜(その4)」に続く)
1988年12月31日 リュブリャーナにて